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わかってるつもりになっていたこと

暮らし
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むっちです。

姉の義理のお母さんが亡くなり、母と共に火葬に出向いた。

ご住職が最後のお経をあげてくださった後に、こうおっしゃった。

「この世は諸行無常です。

ずっと同じということは有りえません。

全ては変わっていくのです。

亡くなった方は、その身をもって残された人に教えているのです。

私達はいつか必ず死ぬ。

誰にでもその時は平等にやってくるのです。

いつか死んで骨になり、土に還っていく。

皆さんは今生きています。

生きているから悲しんだり、喜んだりできるのです。」

詳細は覚えていないけれど、こんな内容だった。

そして、最後のお別れとして棺の扉が開かれ、お顔を見させてもらう。
まだここに肉体は確かにあるけれど、ほんの数分後には炉に入り、2時間も経たずに骨と灰になる。

今までも何度も近しい人の最期に立ち会ったし、火葬の時の一連の流れも見てきた。
人は変わる、それが諸行無常なんだってことをわかっていたけど、今回やっと腹落ちした。

ああ、そうかって。

ここにいる誰にも例外はない、どんなに生きたくても、もしくは死にたいと思っていても、どっちであっても必ず死ぬんだなあって。

私も炉に入る日が必ずくるんだなあってなんだか物凄い重さで実感できた。

最期は何も持っていけない。
だって棺は小さいもん。
入れたところで燃えるだけ。
だったらやっぱり、沢山の物は必要ない。
持っていたいなら使おう。

1年後も当然生きていると思っているけど、こればかりはわからない。
行きたいところに行って、見たいものを見て、会いたい人に会って、食べたいものを食べよう。

年明け早々、強く思ったのでした。

どなたかのお役に立てば幸いです


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