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違う選択をした方の私へ

考え方
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むっちです

2年前、離婚することを決意して今の人生を生きている私。

離婚前何度も繰り返し、
「あの時この人と結婚することを選ばなければ」
と思ったものです。

だけど、あの時結婚するということを選ばなかった私の人生も、今どこかで進んでいるのではないのかと思うのです。

パラレルワールド(平行して存在する別世界)って無数にあると思って。
そちら側の私にもきっと今の人生とは全く違った出会いが沢山あるはずで、他の誰かと結婚したかもしれないし、誰とも結婚しなかったかもしれない。

本当に誰にとっても人生とは選択の連続で、あの日旅行に行くと決めなければまだ生きていた、という人もいるだろうな。

仕事を辞める辞めない、引っ越す引っ越さない、子供を持つ、持たない、ペットを飼う飼わない、家を建てる建てない、親と同居する、しない等々

これらは比較的大きな決断を迫られることだけど、そうでなくたって、朝起きたときから寝るまでも、小さな選択の連続だ。

その選択の先に、今この場所で生きている自分がいるんだと思うと、なんだか不思議な気がしてくる。

人生はずっと同じことが続くわけじゃ無くて、思いもしなかったことが次の瞬間起こることがある。
他人事だと思っていたようなことが、自分の身に突然降りかかってくることだってあるんだ。
そして、どうすることが最善か、ということを頭をフル回転させて考える必要がでてくる。

自分の人生だから、誰かに決めてもらうことはできない。
ここで誰かのアドバイスを得たとしても、実際に選択して決断するのは自分しかいない。

起こったことを人のせいにしてばかりいると、いつまでたっても自分の人生を自信持って生きていくことできないんだよね。
しかも全然幸福感ないし、不安がつきまとう。

今はいいけどこのままでいいのかな、次こうなったらどうしようってね。

自分で腹をくくって決断して進んでいったら、その結果うまくいかなかったとしても、それは失敗じゃないんじゃないかな。
だってずーっとうまくいってばかりの人生なんて誰にも有り得ない。
時々うまくいかなくなるときもくる。
でもまた軌道修正して進めばいいんだから。

これで正解なんて人生はないから、そもそも正解を探す必要もないのかも。
先のことは誰にもわからないから、今、たった今この時を生きていくだけ。
だから先のことを不安に思いすぎなくても、今できることをやって、楽しめるだけ楽しんで、愛おしいものを思う存分愛おしめばいいとおもう。

あの時違う選択をして生きている私へ。
どうか良い人間関係に恵まれて、幸せに笑っていますように。
こっち側の私も、幸せにしているから、大丈夫だよ。

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