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実はずっと精神不安定だったのでは

考え方
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むっちです。

Voicyで久しぶりに野口嘉則さん(心の専門家)の配信があった。
タイトルは、
心の傷を癒して、人生を再創造する【6ステップ】

そこで話していた一部をシェアすると、こういうことだ。

自分の人生に起きていることは、自分の内なる世界の投影。

自分の意見に自信が持てず、人の意見に振り回されてしまうとか。
パートナーが変わっても同じことで喧嘩するとか。

外の世界の問題を解決しようと思うなら、その鍵は自分の内側にある。

癒されていない心の傷とか、子どもの頃に身につけてしまった思考パターン感情パターンが悩みの根源になっているんだそう。

今現在悩んでいることが特別あるわけじゃないけど、一つ気になるとすれば睡眠のことかな。
朝まで一度も目が覚めないで通して眠っていられることはほぼ無い。
途中覚醒が何度もあるのは若い頃から。
珍しいことじゃないだろうと思っていたけど、日中の眠気が仕事に差し障ることはずっと気になっていた。
子供が小さい頃は、育児のせいだろうと思っていた。
でも今はそんな言い訳は通用しない。

じゃあ、私の心の傷や身についている思考パターンってなんだろう??

私の幼少期、どんなだったか思い起こしてみる

いつも思い出すのは両親の喧嘩している姿
母の泣いている姿
父に対して怒っている顔
母の精神不安定な姿だ

幼稚園児の頃にはすでに両親の激しい喧嘩を目のあたりにして驚いて泣いてしまった私がいる。
今でも鮮明に思い出すことができる。
驚いて泣いてしまった私と、それを泣きながら慰める母。

それを思い出すと胸がギュッと痛くなるのだ。
恐らく私の人生で初めて見た両親の喧嘩する場面だったからだろうし、私自身がまだまだ小さな子どもだったから、相当深く心に傷が付いたんだろう。

もう喧嘩しないからね、ごめんね

と母は言ってくれたけど、その後も喧嘩は続いたし、母の情緒不安定な感じは常に感じていた。

日中、父がいない時は祖母と笑い合ったりして朗らかな母だったけど、夕飯を食べる頃になると決まって機嫌が悪かった。
それは父が飲み会のために遅くなるときも、飲まずに食卓に居るときも変わらずそうだった。

たまに父が飲まずに早く帰ってきても、ここぞとばかりに不機嫌を振りまいているような母だった。

特に小学生の頃はそれが酷くて、夜中にお酒を飲んで帰ってきた父と待ち構えていた母の怒鳴り合う声が子供部屋に聞こえてくるから、耳を塞ぎながら寝た。

どうかお父さんとお母さんが、よそのお家みたいに仲良く、喧嘩しないで笑っていますように。
どうかお母さんが殺されたり、お母さんがお父さんを殺したりしませんように。

こんな物騒なことを本気で毎日毎日お祈りしながら眠っていた。
それくらいお互いに手を出すような激しい喧嘩だった。

もしも、お母さんがお父さんを殺してしまったら、私がやったことにすればお母さんは捕まらない。
私は小さいからきっと許してもらえるだろう。

そんなことまで考えているような小学生だった。

中学、高校になっても喧嘩は頻繁にあったけど、自分の部活や恋愛で忙しくなり、あまり気にしないようになっていたと思う。

母のことはずっと好きだったけど、家が居心地いいかといわれたらそんなこともなかったのかもしれない。
心穏やかに過ごせていたとは到底思えない。

常に母の様子を気にかけていた記憶がある。
何しろ、母は真っ暗な台所で洗い物をしていたり、電気も付けずにお風呂に入っていたりすることがあって、その当時ノイローゼだったのかもしれない。
母は父が浮気をしていると思っているようだった。

私からすれば、なぜそんなに父に執着するのかわからなかった。
給料さえちゃんと入れてくれるのなら、別に外で何をしていようがどうでもいいじゃないかと思っていた。
同時に、母を大切にしない父にはいつも腹が立っていた。
稼ぎがいいだけで、家のことは一切しない、自分の身の回りのことも何もできない。
酔えば母に暴言ばかり。
私はこんな人とは結婚しないぞ、と。

(父の名誉のためにいうが、退職後はお酒もやめて母と穏やかに過ごすようになり、買い物や掃除をしたり町内会で役員をやるなど、母を助けることも多かった。
結婚した後の私は父に腹を立てるような気持ちはほぼなくなって、子供が産まれると孫を可愛がる父に感謝できるようになった。
子供の頃の私には、父の良い面が見えなかっただけだ。)

家から逃れるように結婚したものの、その結婚自体が私を苦しめ、更に逃げ場のない絶望感を味わっていた。

離婚して実家に戻り、今は母と暮らし、些細なことでも幸せを見つけることができるようなマインドになったけれど、私は実はずっと精神的に不安定だったのではないか?
自分が疲れていても、母が喜ぶことはなんだろうと考えるようなところがあるのは、母が笑っていなければ不安になるという、私の感情パターンが奥底にまだあるからじゃないか?

私はあの頃の小さい私にちゃんと向き合ったことはなかった。
怖くて不安でほぼ毎日泣きながら眠っているような幼少期だったのに、そんな自分を無かったかのように置き去りにしてきた。

いまでも夜中に何度も目が覚めるのは、そんな不安が奥底にまだあるからなんじゃないだろうか?
単なる癖とはいえ、そもそもそれが癖づいた原因というものを考えてこなかった。
ずっと祖母と姉も一緒だったのに、私が泣きながら眠っているなんてことは誰も知らなかっただろう。
なぜなら私は誰にも言えなかったから。

私の心のずっと深いところで、不安な気持ちのまま泣いているあの頃の私を抱きしめて、

怖かったよね、でももう大丈夫なんだよ。
お父さんはちゃんとお酒をやめたし、お母さんとお父さんは、年をとったら仲良くなってお互いを思いやることができるようになったんだよ。
だからもう心配しないで眠っていいんだよ。

そう言ってあげよう。
そしたら傷は癒えるのかな。

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